

200年の時を経てようやく解放された、魔境ギガロッシュの果ての村。村人はプレノワールに受け入れられた。
| ラフィール: | 栗色の巻き毛の少年。シルヴィア・ガブリエルの弟。 |
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| シルヴィア・ガブリエル: | ヴァネッサの村を解放した青年。 |
| ガストン: | ヴァネッサの鍛冶の親方。 |
| リリス: | ヴァネッサの村に伝わる医療のすべてを受け継ぐ男。 |
| ベルナール: | ヴァネッサの民のまとめ役。 |
ジャン・ルイに統治する王国の、東側最大の勢力を誇る領国。ヴァネッサの民を受け入れた。
| グザヴィエ・アントワーヌ・カザルス: | ヴァネッサの民を受け入れた、プレノワールの領主。 国王と同い年の従兄弟。 |
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| ジェローム: | カザルスの一人息子。アンリの従者。 |
| バルタザール・デバロック: | カザルスの側近。もとは奴隷の子。 |
| サラ: | 森の女。 |
ジャン・ルイの統治する王国の、西側で最大の勢力を誇る領国。
| アンリ: | シャン・ド・リオンの領主。国王の弟。 何とかしてヴァネッサの民を手に入れたいと考えている。 |
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| レミ・ダンテル: | アンリの腹心。シャン・ド・リオンの城代 |
王国一の、良質な葡萄の産地。ノエヴァで作られる葡萄酒は高値で取り引きされる。
| イヨロンド: | ノエヴァで隠遁生活を送る未亡人。 |
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時は中世、ヨーロッパ内陸部。
魔境ギガロッシュの果ての村は、200年もの時を経てようやく解放された。悲願が叶えられた村人は、プレノワールの領民として生まれ変わり、ヴァネッサの民と呼ばれるようになった。
懸命に新しい生活に馴染もうとする彼らのもとに、少年が帰ってくる。命を賭して村を救ったシルヴィア・ガブリエルの弟ラフィールだ。彼もまたプレノワールで新しい生活を始めるが、今は亡き兄の大きすぎる存在が彼の心を悩ませる。
ヴァネッサの民の優れた技が生み出す産物はプレノワールに大きな利益をもたらし、それを羨んだシャン・ド・リオンの領主アンリの狙うところとなる。一方、領民として受け入れられながらも、魔境の民への隠れた偏見は根深く、さまざまな試練を繰り返す中で村人と領民との間に悲劇も生まれていく。
兄に対する憧れ、拒絶、理解を経て、ラフィールがようやく掴みかけたものとは? そして、ギガロッシュの向こうへ捨ててきた故郷をもう一度ヴァネッサの民の心に取りもどすために、鍛冶職人の親方ガストンが起こす行動とは?
誇りを持って生きるために必要なものは何かを問う、長編ノベル。

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巨岩石が複雑に林立する魔境ギガロッシュ。その奥に偶然辿り着いた行き場のない人々。彼らはその閉ざされた世界に籠もり独自の村を形成していった。 |
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——二年ぶりの新作を書き上げて、どのようなお気持ちですか?
やっと二つ揃った、というのが正直な気持ちです。前作『ヴァネッサの伝言』を執筆中からすでにこの二作目は「生んでくれ」と私の中で声を上げていましたので、時間差で生まれた「ふたご」のようなものだと思います。
そもそも、物を書くということが私の生活の中にはありませんでしたから、なぜこんなことになってしまったのか、それが一番知りたいです。
——前作の『ヴァネッサの伝言』が初めての作品になるのですね。これまで執筆したことのなかった中條さんが、出版を決心したきっかけは?
息子たちが社会人となり、母としての役目を終え、人生の節目だったと思うのです。そんなときに身内や友人を亡くしました。愛別離苦を味わって、いろんなことを深く考えさせられました。当たり前のように享受してきた幸せが、いかに大きいものだったか、これを受け取るだけで自分の人生が終わってよいはずがない、と思うようになったのです。ならば、専業主婦だった私がこれから社会に何をお返ししたらよいのだろう、と考えていたとき、ある人から「自分が一番得意なことをすればいい」とアドバイスを受けました。なるほど! と思ったのがスタートラインでした。
ほとんどの人が、言葉にできない思いを心に抱いていらっしゃると思います。その同じ思いを誰かが代弁したら、どこかストンと収まるものがあるんじゃないかしら? そう思った途端、後先を考えずに、よし、本を書こう! と決めていました。
——「人にはみんな役割があって、巨大な象嵌細工のたった一枚を埋めていくのだ」。一作目の『ヴァネッサの伝言』にある、この一文がとても印象に残っています。これこそが、ヴァネッサ二作品の根幹にあるものではないかと思っているのですが。
そうですね。それは大きなテーマです。一人の人間の生きた意義は別の人間の中で証明される……これは私が執筆をしながら、痛切に感じていたことです。
たとえば亡くなった私の友人は文筆活動をしていた人で、彼女が傾けていた情熱を受け継いでやろう、代わりに何か小さなことでも果たしてやろう、と感じたことが、私を執筆に向かわせたもう一つの原動力だったと思います。生前の彼女がそんなこと知るよしもありませんが、彼女の人生の尻尾は今の私の人生の中にちゃんと入り込んでいます。
始まりと終わりで区切られた人生だけを見てしまいがちですが、少し鳥瞰(ちょうかん)して、自分の人生の両端や周辺を見ることができれば、人は互いに影響し合い、受け継ぎ、受け継がれ……それがシンプルに見えてくると思うのです。いずれは私の行いも、誰かの人生の一部分に組み込まれていくのでしょう。
自分がよいものへと繋がる一ピースでありたい。私の究極の目標であり願いです。
——大きなテーマを持つこの二作品にはエピソードの面白さもありますが、最初のページから、まるで映画を観ているように人が動き風景が浮かんできますね。
意識していたわけではないのですが、「妄想」が趣味の私には、頭の中で、すでにとても広大な「架空の世界」のジオラマが完成していて、作中に登場する人、しない人も含めて、かなり膨大な情報を得ていました。
自分が創作しておいて「得ていた」と言うのも変ですが、そう言えるほど緻密なものがあって、その中で人物や社会は動き始めていたんです。それを眺めながら書いたので、「視覚的」な描写になったような気がします。
——制作中には、入れたい場面や深めたいところなどが出てくると思います。そのようなときにも、ジオラマが見えるのですか?
たとえば、ここにこんな場面を挟みたいと漠然と思えば、脳裡に映像が流れてくるんです。もちろん、それは自分が作り出しているものなんでしょうけれど、思考するよりも直感的に、先行するように浮かんでくるので、私はその脳裡の映像を覗きながら、「へぇ〜、そうなんだ」とか「なるほどね」「嘘ぉ〜、まさか……」と思っていたりします。変ですよね。
だから物語の展開に真っ先に驚かされているのは、いつも私自身です。それを言葉で描写する苦労は当然ありましたけれど、展開そのものは、振り返ってみると、あまり苦労することもなく、寧ろ楽しい驚きの連続だったような気がしています。
——ご自身が書いた作品が一冊の本になる。できあがった本を手にしたときのお気持ちは?
前作を書き始めた三年前には、これをすることが自分に授かった任務のように感じていましたし、これを書き終えたら残ってるもう一つを生まなきゃ、という気持ちですぐに次に入りました。
今回『ヴァネッサの伝言 故郷』を仕上げて、やり終えたはずなのですが、何かまだ任務完了という気持ちが起きないんです。抜け出てみれば、そこはゴールじゃなかった。次に何が始まるのか全くわかりませんが、どこまで行ってもスタートラインばかりだな……と思っています。執筆ということに限らず、また次に授かる私の任務は何かと、心がわくわくします。
——なぜ幻冬舎ルネッサンスで出版しようと思われたのですか?
執筆にいたる動機が申し上げたとおりでしたから、最初から「出版する」ということを念頭に置いて書いていました。趣味の手慰みでもなければ、親戚や知り合いに配るのでもない、お金を払って買っていただく本を出すのだ、とモチベーションはすこぶる高かったです。一度も書いたことのない主婦が何を息巻いて……と笑われるかもしれませんが、千円出せば何十億円もの巨費をかけて制作された映画が楽しめる時代に、それ以上のお金を払って一冊の本を買っていただく。ずっと読者の一人だった私は、これはとても大変なことだと思いました。
ですから、作品としての精度と体裁がどうしても欲しかった。書き上がってから、この思いを叶えてくれる出版社を猛烈に探しました。私が見つけたのは「自費出版」らしい本を出してくださるところばかり。残念ですが、それは私が「買いたい!」と思う本ではありませんでした。覚悟を決めて、振り絞るような思いで書いたのに……私がやりたいこととは、違うのです。
ですから幻冬舎ルネッサンスのホームページをのぞき、「幻冬舎ルネッサンスが目指すところ」という真摯な文を見つけた時には、ほんとうにうれしかったんです。この情熱が受けとめられている、思いが共感されている、理解されている、「ああ、ここしかない」と光明を見ました。もちろん、お金はかかりました。でも、いくら安いからといってサイズの合わない靴を我慢して買うことこそ、もったいないことでしょう?
「望む形」以上の満足感と、その他諸々、もしかしたら少しの自信も……得たものの大きさは言葉にはできません。
——読者へ向けてメッセージをお願いします。
本は、手に取った瞬間から読者のものです。私が何を込めたのかは二の次で、ページを開かれた人と本の間に繰り広げられる「個別世界」こそが本の楽しみでしょう。
一つだけセールスポイントとして申し上げると、この作品には、何度でも読み返しが利く、言うなればスルメのような「お得感」があるような気がします。どうぞ、二度、三度とお楽しみ下さい。